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SAMURAI (ぶろぐ)

左京亮の気まぐれ日記

楽●天
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保険屋さんに残されていた事故の記録の一部。
パジェロミニは凹み程度で済んだ。
対して加害車両はバルクヘッド(エンジンルームと車内を隔てる壁)も押込み・波及損傷していたらしい。
それだけの衝撃が車にも人にも加わっただろうことは容易に想像がつく。
どこからどう見ても立派な事故車。
夜とは言え、この状態で小一時間逃走。

6/30 S県警T警察署で送致番号等を尋ねたら嫌な顔をされた。
「ジッキョーケンブンチョーショは見れないんじゃない?
 それに、加害者が一番よく分っている。 反省しているはず。」
反省ねぇ
供述調書の閲覧は色々な条件をクリアしなければならない。
しかし、実況見分調書は比較的簡単に閲覧することが可能なのである。
S地検に閲覧のお願いをした。 

8/5 S地検に実況見分調書を閲覧・謄写に伺った。
戻ってきたからか? 事故当日物損だったためか?
「厳罰に処しますか?」と警察署で質問された時に
「いいえ」と答えてしまったからか?
ひき逃げなど最初からなかったことにされていた。
情けが仇となってしまったのだろうか。
案の定、加害者は不起訴処分になっていた
報告もしていなければ、道路交通法72条3項
「報告を受けた警察官が必要と認めて発した警察官が到着するまで
 現場に留まる命令に従う義務」
…到着した時、いなかったのですが

他にも種々の事故関係書類に追われ、ちっとも休養にならなかった。
こうして、左京亮の夏は終わった

S県警…09年2月~10年6月人身交通事故1033件隠蔽。
私の事故も当然ながら該当している。
死亡事故でも起こさない限り、実に交通事故の9割がお咎めなしらしい。
加害者天国
余談だが、人身事故は「自動車運転過失傷害」等で書類送検される。
加害者は刑事・民事・行政処分を負う責任と可能性がある。
因みに、ひき逃げは道交法72条「救護義務」違反により5年以下の懲役または50万円以下の罰金。
更に、死傷の場合は10年以下の懲役又は100万円以下の罰金。
「報告義務」違反は同じく72条。 3月以下の懲役又は5万円以下の罰金。
飲酒運転でひき逃げ→酔いを覚まして出頭
→被害者は怪我しているけど死亡していないので無罪放免
…な~んてことも罷り通るのが現実なのである。
よって、これらの罰則はあってないようなもの。

運転していれば事故を起こす可能性は否定できない。
また、起こしたくて起こす人も普通はいないはず。
一方で、今騒がれている飲酒運転やひき逃げは悪質極まりないと思う。
必要以上の厳罰に処してください…等とは言わないから、
せめて法の下平等に処罰して頂きたい。
そして、安全運転と事故の減少を 切にそう願う。

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申し訳ございませんm(__)m
毎度、愚痴日記になっております。

2月25日から職場復帰、2月末で保険による治療を打ち切られる。
約半年ほどの間にも色々あったが、また、別の機会に“事故後の処理”として、
したためていきたいと思う。
そして、1月に続き7月3日から再びダウン。 それから…
 
8月2日、F先生も「大丈夫?」と言われる状態で復帰してしまった。
呑気な私は仕事をしていればそのうち大丈夫だろうと甘く考えていた。
首~左腕を胴体に固定したいぐらい痛む。
息を止めて堪えてみるも…無理。
このところ、鎮痛剤も効いているのかよく分からない。
飲んでいないともっと痛いのかもしれない。
まるで薬物中毒
片腕なくなった等の一生残る後遺障害ではないけれど、
交通事故の取り扱いとして“ムチウチの痛みはそのうちに慣れる”ものらしい。
そんなことを定義したお偉いさん、お手本を見せておくれ

復帰早々、厨房内の部署変更が行われた。慣れない仕事、要領が悪い。
失敗もある。思ったように動けない。もどかしい。
海老の殻むき「お前遅過ぎ」とEさんから罵られる。
それでも、一般家庭の主婦よりは断然早いはず。
たかが4~5年の私が、約30年経験のあなたに勝ったら立場ないでしょ?とも思ったが、
そこは左京亮の闘争心に火が点いた。
終盤逆転 フッ
その後もEさんのご機嫌がすこぶるよろしくない。 八つ当たり?
仕舞には「みんな痛い。」と言われる。 訳分からん。
Eさんのソレは今に始まったことではないので慣れっこのつもりだった。
しかし、泣きっ面を蜂が刺しまくる

そんなこともあり、このところ考えていた。 自分の引き際を。
往生際悪く、クビと言い渡されるまでしがみつくのは御免である。
 私 : 「シェフ、お話したいことがあるんですけど…。」
 シェフ:「どうした? お金なら貸せんぞ
 私 : 「いいえ
      このところ、私の体調のせいで、シェフにもEさんにも
      大変ご迷惑をおかけしていると思うんです…」
 シェフ:「お前言っただろう
      治るまで出てくるなって。
      妙なところで責任感じて俺の言うこと聞かない。
      だから、しっかり治せ
 Sさん:「ぶっとい鍼でもしてもらえ
シェフ~~~ Sさん(嬉し泣き)

 帰り際にEさん:「お前、今年いっぱい休めば?
           人雇ってもらった方がいいかもな。」
 私 : 「はい?」  新手の憎まれ口ですか?
 しばらくしてEさん:「俺も今月いっぱい。 来月入院する。」
 私 : 「…え 手術か何かされるんですか?」
 Eさん:「まだ分からん。 手術出来んかったら“死”。
      でも、俺は負けるつもりはない。」衝撃的だった。
「お互い復帰しましょう」と言い、厨房を後にした。

みんな痛い…はずはないのだが、Eさんも痛いことを知った。
Eさん、ごめんなさい
真面目でちょっと嫌味でEさんは不器用な性格だと改めて思った。
でもね、八つ当たりはいかんと思うとです
幸い? 私はムチウチ+α。 将来的に手術もあり得るかもしれない。
でも、死にはしない。 生きていれば頑張れる。 頑張らんといかん
痛くて、一旦は料理の仕事が嫌いになりかけた。
シェフのお情けで辛うじて皮1枚でつながっているクビ。
辞める覚悟だったので大変拍子抜けしてしまった。
これも神の思し召しか?

帰宅後、母の料理教室をちょこっと手伝った。
やっぱり仕事が好きなんだと再認識した。
Eさんも死神に真っ向勝負を挑んでおられる。
休養…世の中のほとんどの人は汗水流して働いているのに、
なんだか一人だけ怠けている気がしていて嫌だった。
だから中途半端な状態で復帰してしまった気がする。
でも、完全復帰するために今度こそはしっかり休息しようと思った。

左京亮のお色気シーン
   
デカドロン注射後の消毒・ガーゼ。
我ながら痛々しい。
そして、翌日、粘着テープでかぶれるのである

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現在、1月よりは起きていられる時間が増えてきた。
起きていられる時間…パソコンの前に座り、
記憶を辿りながらこうしてせっせと記録に残す。
でも、やはり痛む→頚椎カラー→CMCP。 それでも無理だと布団行き。

このところ病院への往復ばかり。
比較的調子が良い日、病院帰りにリハビリと気分転換を兼ねて
たまにスーパーや本屋さんに出掛けてみる。
やっぱり、運転するのもしんどい。
首にかかる自分の頭が重い。 ダルい。 痛い。
同じ姿勢を保つのがすっかり苦痛になってしまった。
現在休養中の自分…自分は甘えているのではないだろうか?
自己嫌悪に陥る。
コックという長時間に亘る立ち仕事・肉体労働。
まな板に向かう姿勢はどうしても首を傾けなければならない。
後頭部・首・左肩・左肩甲骨周辺・左上腕の脱力と痛み…
職場復帰を目指してはいるものの、私の体は頑張れるのだろうか?
果たして以前のように元気に働けるのだろうか?
もし、転職を余儀なくされるようなことがあれば、
この不景気の世の中、私のようなアラサー女を雇ってくれる会社はあるのだろうか?
不安でたまらない。
こんな状態では大好きなドライブができそうにない。
こんな状態では大好きな甲冑を着ることが難しいかもしれない。
仕事も趣味も諦めなければならないのだろうか?
今までできていたことが当たり前ではなくなってしまった。
当たり前の有り難さに初めて気付かされる。
ついつい弱気になってしまう。 押しつぶされそうになる。
逃げ出してしまいたくなる。 泣きたくなってしまう。
その一方で、頑張らなければ!! 前向きに考えなければ!!
と思う自分もいる。
正と負の感情が入り乱れ、気持ちのやり場と気持ちの切り替えに困ってしまう。

何のために書くのか?
私の事故は現在進行形。
一方的にぶつけられ、車は破損。
車は修理できたけれども…元通りの健康な体はなかなか取り戻せない。
一体いつまで薬を飲み続けなければならないのか?
薬に頼らなくても痛くない日はやってくるのだろうか?
殊に外見無傷なムチウチ患者はなかなかその痛みが理解してもらえない。
友人や母の知人からの温かいアドバイス。 主治医のF先生。
幸い、私には治療に対する応援者が多かったことは救いだったと思う。
加害者や保険屋さんとのやりとり。 精神的にもくたびれる。
出口の見えない迷路に迷い込んでしまった。 色んなことがもどかしい。
それでも治る!!と思いたい。
不自由な中にも可能性を見出したい。
命があっただけ幸せなのかもしれない。
傷を舐めてもらいたい訳ではない。
愚痴も含めて事故に遭った人間にしか分からない事実を書きとめておきたかった。

私も一ドライバー。
今回は被害者だったが、いつ何時加害者になるやもしれない。
加害者となる方が恐怖かもしれない。
だからズルイ加害者はその恐怖から逃げようとしたのかもしれない。
私にとっては実に不誠実な加害者だった。
今はまだ難しいけれど、そんな加害者のこともいつかは許さなければならないと思う。

福岡県は飲酒運転事故最多地域。 マナーも最悪ときたもんだ。
オマケに最近は無保険高級車で事故を起こす不届きな輩もいると聞く。
ただ私は声を大にして言いたい
安全運転。 もしも、万が一、加害者になってしまった時の誠意と責任ある行動。
この最低条件が守れなければ運転する資格なし

また何か新展開があれば書き加えていこう。

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翌日、2月5日。
お借りしていたMRI画像とS准教授からのお手紙を持ってK病院へ。
 F先生:「待たされたやろう?
      私も母を連れて行ったことあるけど、
      やっぱり4~5時間待たされたもんねぇ。
      ところでどうだった? 何か検査してもらった?」
 私:「先生と同じご意見でした。 検査という検査は何も。」
もしかするとF先生も何かの検査をほんの少し期待されていたのかもしれない。
それが何なのかは知識がない私には分からないし、そもそも私の勝手な推察でしかない。
 F先生:「私宛の返事見ていいよ。 別に隠すようなものじゃないし。
      鞭打ち含めて、やっぱり定期的に診るように書いてあるね。
      保険治療が終わっても、引き続き私が診るからね。
      S准教授は手術の腕がいいんだよ。
      万一に備えて大学病院のカルテも手に入れたし大丈夫。」
■■整形外科には見捨てられてしまったけれど、捨てる神あれば拾う神あり。
藪先生から見捨てられて良かったと思う今日この頃。
そうしなければ、あのままズルズルと通い続けただろう。
片やF先生はお医者さんとしての義務と責任をしっかりとお持ちのようだ。
さすがK病院の理事長先生。

2月7日、保険屋さんから電話。 今月末にて治療打ち切り宣言。
事故から9ヶ月が経とうとしている。
昨年11月に一度は打ち切りの話を持ちかけられ、今まで延長して頂いたのだ。
完治は程遠いけれど、潮時かもしれない。

2月9日、後遺障害診断書の用紙を持ってF先生に相談。
 F先生:「職場は大丈夫そう?」
 私:「ちょこちょこ連絡してます。 今日もこれから電話する予定です。
    1月よりはマシかな~?とは思っています。
    これから約2週間後、下旬を目処に復帰を目指そうと思っています。
    ところで、先生…。
    昨日、保険屋さんから電話があって、今月で終わりと言われました。」
 F先生:「左京亮さんはどうしたい?」
 私:「先生のご意見に従います。」
 F先生:「じゃあ、次の診察日を23日にしよう!!
      その時の調子を診て判断しよう。
      良さそうなら今月で症状固定にするし、必要があれば…3月末。
      無理なら上旬まででも延長してもらえるように保険屋さんに話してみるから大丈夫
      ただね…後遺障害診断書は精一杯書くけれど、
      認定されるかどうかが問題だね…。」

続けてF先生。
     「職場だけはクビにならんようにね
      保険屋さんは私が何とかできるかもしれんけど、職場だけはどうにもしきらんから。
      それと、復帰してもくれぐれも無理はしないように
      仕事中着けるのは無理かもしれないけど、
      頚椎カラー(首を固定する装具。鞭打ちの人が付ける首輪みたいな物)は
      いつも持ち歩いてね。」

今月で保険治療が打ち切りになっても構わない。
私には鞭打ちと病気を理解してくださる心強い味方がいる

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痛くてご飯やお風呂以外は基本的に布団に引きこもり。
さすがに24時間毎日寝てるのも退屈なので時折を弄ってみる。
また痛むので寝る…の繰り返し。
仕事を休み始めたその週は結局病院すら出掛けられなかった。

1月25日、F先生診察。
 F先生:「ロキソニンは比較的強い鎮痛剤なんだ。
      小柄な左京亮さん(157cm)がこれ以上飲むのは体に負担がかかる。
      薬を変更しよう!!」
ロキソニン→ハイペン(鎮痛剤)+CMCP(頓服薬:ポナペルト細粒・ロバキシン顆粒・乳糖水和物・バランス散・カフェイン混合)に変更。
F先生は続ける。
 「今、仕事休んでるんだよね。 診断書いる?
  クビにならんよう会社には時々連絡入れるようにね
  丁度良い機会だし、久留米大学病院のS准教授の診察を受けてみようか
  今流行りのセカンドオピニオンというヤツね。
  私も脊椎専門のS准教授の意見を聞いておきたいし。
  でも、現時点では私と同じような見解だと思う。
  過度の期待はしない方が良いかもしれない。
  痛みだけならうちでも何とかできる!!
  でも、万が一の場合にはうちでは対応しきれなくなることがあるかもしれない。
  今後のため、そう意味でも大学病院にカルテを作っておいた方が安心できるしね。
  ただ…待たされるよ~っ
久留米大学病院行きが2月4日に決まった。

2月4日、紹介状とMRI画像を携えて、久留米大学病院・脊椎専門S准教授受診。
前夜、初めての大学病院、緊張のためなかなか寝付けない。
更には、痛みのため、夜中目が覚めてしまった。
もう少し早く起きるつもりだったが少し寝坊
まあ、予約時間がある訳でもないのでどうにでもなるか。
お気楽極楽マイペースB型の左京亮
8時半頃家を出る。 意外なところで渋滞に巻き込まれ、
いつもなら25分程の道のりを40分ぐらいかけて到着。
9時20分頃…初診・新患申込書記載→初診①番カウンター
→整形外科受付→外待合フロア→中待合フロアを経てようやく診察。
S准教授の診察室は大人気を博している。
お腹が空くどころではない。 途中あまりの痛さにグッタリ
CMCPを飲もうかと思った程だったが、グッと我慢。
短い首を長~~~くして待った。 この間、約4時間。
問診後、握力・腱反射など簡単な検査。
これといって真新しい検査は行われなかった。
MRI画像を見ながら
 「痛みと脱力感は鞭打ちと脊髄によるものでしょう。
  今手術は必要ありませんが、主治医の先生に定期的に診てもらってください。」

診察時間はあっと言う間だった。
期待してはいけないとは言うものの、もう少し何らかの検査をして欲しかった。
事故でどこを損傷しているのかをもう少し具体的に明らかにして欲しかった気がする
色々な意味でF先生がおっしゃられた通りだった。
今のところ重症患者ではないので仕方がないのかもしれない。
料金精算がバーコード化されていることと、立て替えた自由診療の金額にビックリしながら帰宅。

疲れ果てて布団で丸くなる

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06年08月14日~
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